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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1431号 判決 1977年5月27日

原告

斉藤いま

右訴訟代理人

中村喜三郎

被告

東京都

右代表者

美濃部亮吉

右指定代理人

門倉剛

大嶋崇之

被告

首都高速道路公団

右代表者

鈴木俊一

右訴訟代理人

秋山尚

主文

一  原告の被告首都高速道路公団に対する主たる請求を棄却する。

二  被告首都高速道路公団は、原告に対し、金六二万七、五八二円及びこれに対する昭和五〇年三月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

三  原告の被告首都高速道路公団に対する予備的請求中のその余の部分並びに被告東京都に対する主たる請求及び予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告首都高速道路公団との間に生じたものは十分してその一を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告東京都との間に生じたものは全部原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一  被告公団に対する請求

一主たる請求

1  請求の原因1の事実のうち、原告がその主張の地番の土地を賃借し、その地上に建物を建築所有していたこと、昭和四六年二月二二日右賃借土地中のうちいわゆる放射九号線建設用地内に含まれる9.41平方メートルについての借地権が、原告から被告公団に譲渡されたこと及び原告がその後主張のように1.85平方メートルの土地を借り増して建築確認を得た上既存の建物を増改築したことは、いずれも当事者間に争がない。そうして、<証拠>によれば、原告は、従来私道にしか面しておらず、住宅として利用していた既存建物が、本件道路拡幅事業によつて、放射九号線に直接面するようになつたので、右道路側に一階店舗(三区画)、二階居室の部分を増築し、裏側も改築して二階居室としたこと、そうして、おおむね昭和四八年初め頃に賃借人が前記各部分に入居したことが認められる。

2  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、その後事業が進行し、設計及び拡幅工事の施工とともに、道路と原告所有建物敷地との間に高低差が生ずることが明らかとなり建物敷地の方が約1.2メートル高くなることが明らかとなつた。そこで、増築店舗部分の賃借人三名から原告に苦情が申し出られるようになり、道路から向かつて右側部分に入居していた豊島観光こと松岡清は、昭和四九年六月頃から賃料の支払いを留保するようになつたし、中央部分でおにぎり屋を経営していた椎葉清子は、昭和四九年七月頃立退料金八〇万円の支払を受ける約定のもとに他へ移転し、原告は、内金六〇万円を支払つた。左側部分でスナツクを経営している賃借人からも同じく苦情の申出があつた。以上の事実を認めることができる(原告所有建物の入居者が原告に対し苦情を申し出ていたこと自体は、当事者間に争いがない。)。

3  ところで、原告は、被告公団において事前に右高低差が生ずることを知りながら、ことさらその事実を秘匿して原告から借地権の譲渡を受けたものである旨主張するけれども、そのような事実を認めるに足りる証拠は存在しない。かえつて、<証拠>によれば、昭和四六年二月二二日の本件借地権の譲渡当時においては、末だ設計もできておらず、高低差が生ずることは被告公団としても分つていなかつたものであることが認められる。また、原告は、仮りに買収の段階で高低が生ずるか否か明らかでなかつた場合には、その点を明らかにして建築をしてはならない等の適当な指示をすべき義務がある旨主張するが、<証拠>によれば、賃借権譲渡当時は、被告公団内部において高低差が生ずるか否かが問題とされていなかつたものであることが認められるのみならず、後述のとおり、1.2メートルの高低差は、必ずしも僅かなものということはできないにしても、しかるべき対築を講ずることによつて店舗として利用することが不可能ではないと認められることからすると、被告公団側として、将来高低差が生ずることもあり得ることを原告に告知しなかつたことが原告に対する不法行為を構成するものとまで解することはできないし、まして原告に建築をしてはならないことを指示すべきであつたと解することもできない。かえつて、<証拠>を合わせれば、幹線道路に面する店舗としては、道路面との高低差がないことが望ましいことはもちろんであるけれども、本件建物敷地周辺の状況に照らせば、コンクリート擁壁及び階段を設置する等適当な対策を講ずることによつて、業種のいかんによつては、店舗として利用することがあながち不可能とはいえないこと、原告が前記のとおり賃借人らから苦情の申出を受け、立退料を支払つたり、紛争を生じたりしたのも、被告公団との折衝に際して後記のとおり金一、〇〇〇万円という高額の補償金の支払いの主張に固執し、店舗として一応使用するに足りるだけの措置を敢えてとらず、木製の矢板による土留め及び木製の階段を設けるにとどまり、通行にも危険な状態のまま放置して、被告公団の工事代行の申入れを拒否して来たことにも原因があると認められること及び被告公団としても、昭和四八年一一月頃から原告及び付近住民と高低差が生じたことによる補償の問題について折衝を重ねたのであり、原告の場合については、前述のとおりもともと既設建物は住宅として利用されていたのであつて、本件道路拡幅工事によつてたまたま敷地が放射九号線に面するようになつたため、店舗敷地に適するようになつたという事情もあつたので、コンクリート擁壁等の設置を被告公団において代行工事として施工するか、あるいはその工事費用としての見積金額金六二万七、五八二円を支払えば足りるとの見解を示したところ、原告側は金一、〇〇〇万円の支払いを主張して合意に至らなかつたものであること、以上の事実を認めることができる。そうして、右認定の事実によつて考えれば、被告公団の行為が原告に対する不法行為を構成するものとはとうてい解することはできない。従つて、原告の不法行為を原因とする主たる請求は、その他の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

二予備的請求

1  原告は、被告公団において損失補償として主たる請求と同一金額の支払いをすべきである旨主張するけれども、本件は、収用裁決によつて借地権が収用されたのではないし、土地収用法にいわゆる協議の確認がされた旨の主張、立証もないのであつて、原告と被告公団との間の借地権譲渡契約に基づいて被告公団が権利を取得したものと解されるから、残地についての補償内容についても、当事者間の契約の内容によつて決せられるべきものであるが、前記借地権譲渡契約が都市計画事業の施行のためされたものであることその他契約締結当時の事情からすれば、残地補償についても、借地権の取得が収用裁決等によつてされた場合と同等、同様の基準、内容によつてされるべきことが当事者間で黙示的に合意されていたものと解するのを相当とし、その他この点に関して特段の合意がされていたことを認めるべき証拠は存在しない。もつとも<証拠>には、残地補償に関する条項はないけれども、これは、前記認定のとおり、契約締結当時においては、高低差が生ずることを当事者としても予想していなかつたためであり、高低差が生ずることがはつきりしてから、被告公団としても、これに対して補償をするべきものとして、原告と折衝しているのであるから、残地補償に関する条項を欠くことは、前記認定を覆す根拠となるものではない。そうして、この前提に立つて考えてみるのに、収用裁決による場合の残地補償については、土地収用法(昭和二六年法律第二一九号)第七四条及び第七五条に規定があるが、右各規定の趣旨に従つて考えてみる。本件事業において原告が使用していた既設建物の敷地は、もともと公道に面しておらず、右建物も住宅として利用されていたのであるが、本件道路拡幅工事により敷地が放射九号線に面するようになつたため、店舗敷地に適するようになり、原告において放射九号線に面する側階下部分を店舗用にして増改築したものであることは、前述のとおりである。そうして、このような場合には、一般には建物敷地としての利用価値は、従前に比較して増加しているものといえようし、それにも拘らず、前記認定のような高低差のため残地の利用価値が従前のそれよりも低落したような事実を肯認するに足りる証拠は本件においては存在しない。次に、右利用価値(換言すれば残地に対する借地権の価格)の点は別として、前記のような高低差のため、原告所有建物は、そのままでは使用できないこととなるので、その敷地と道路敷地との間に擁壁及び階段を設けるのが適当であると認められることは、前述のとおりであるが、右擁壁等の設置費用は、前記土地収用法第七五条の規定の趣旨からいつても、当然被告公団において補償すべきものと解せられる。そうして、<証拠>によれば、被告公団の行つた右工事費用の評定額は、前記のとおり金六二万七、五八二円であると認められるところ、工事費用が右金額を上廻ることを認めるに足りる証拠は存在しないから、右評定額を以て補償金額とするほかない。なお、原告は、そのほか逸失利益、立退料等を補償すべき対象として主張するのでこの点について判断する。<証拠>によれば、昭和四七年二、三月頃には測量図が出来上がり、前判示の高低差が生ずることが判明していたというのであるから、原告が増改築について建築確認を得た同年五月には、右高低差が生ずることが被告公団側にも分つていた筈であり、その段階で原告ら周辺住民にそのことが知らされていたのか否かとの疑問は残るけれども、仮りにその点が周知されていなかつたとしても、原告とその所有建物の賃借人らとの間に紛争を生じたり立退料を支払つて明渡しを受けることとなつたりしたのも、原告が必ずしも根拠の明確でない金一、〇〇〇万円の補償金額の主張に固執し、店舗として一応使用するに足りるだけの措置をとらなかつたことにも原因があると認められることは、前記認定のとおりであつて、<証拠>によれば、店舗賃借人の一部からも、しかるべき対策を講じた上店舗として使用する旨の提案がなされたことがある事実も窺われる。従つて、原告が主張する逸失利益、立退料等を直ちに補償の対象とすべきものとは解することはできず、他にそのように解することを適当とするような事実を認めるべき証拠は存在しない。弁護士費用及び慰謝料に関する主張も、不法行為による損害賠償としてならともかく、右のような事情のもとにおいて損失補償の対象となるとは解されない。

2  従つて、原告の予備的請求は、原告より被告に対し、本件借地権譲渡契約に基づく損失の補償として、金六二万七、五八二円及びこれに対する被告公団に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年三月一三日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でその理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。

第二被告東京都に対する請求

一主たる請求

1  <証拠>によれば、本件道路拡幅事業は、都市計画事業としてされたものであり、その事業施行者は、当時施行されていた都市計画法施行令第一条の二の規定による執行行政庁としての東京都知事であること、被告公団は施行者たる東京都知事から高速五号線の関連街路として本件事業を受託し、施行しているものであることが認められる。そうして被告東京都は、東京都知事は、本件都市計画事業を国の機関委任事務として処理するのであるから被告東京都が右事業を監督するいわれはなく、従つて使用者責任を負ういわれはない旨主張する。なるほど、国の機関委任事務については、当該事務を管理する行政主体である国が監督者の立場に立つものであるから、当該機関の所属する地方公共団体が民法第七一五条の使用者責任を負ういわれはない。しかしながら、国家賠償法第一条の公権力の行使に基づく責任については、同法第三条第一項の規定により当該公務員の俸給、給与その他の費用を負担する者も損害賠償責任を負担する筋合であるから、被告東京都が責任を負担する余地が全くないわけでもない。

2  そこで、原告主張の主たる請求の原因について判断するのに、<証拠>によれば、請求原因1の事実のうち、原告がその主張の地番を賃借し、その地上に建物を建築所有していたこと、昭和四六年二月二二日右賃借土地のうちいわゆる放射九号線建設用地内に含まれる9.41平方メートルについての借地権が原告から被告公団に譲渡されたこと及び原告がその後主張のように1.85平方メートルの土地を借りて建築確認を得た上、既存の建物を増改築したことが認められる。しかしながら、原告が不法行為責任の根拠として主張するところが認められないことは、すでに被告公団に対する主たる請求についての判断において判示したとおりである。その他本件都市計画事業施行のための原告借地権譲受に関し、被告東京都に国家賠償責任を負担させる根拠となるような事実を認めさせる証拠は存在しない。従つて、原告の被告東京都に対する主たる請求はその理由がない。

二予備的請求

この点についての認定及び解釈もまた原告の被告公団に対する予備的請求について判示したとおりであるが、右認定事実によれば、損失補償の原因となるべき借地権譲渡契約が締結されたのは原告と被告公団との間であつて、被告東京都との間においては、そのような関係は全く存在しないのであるから、その他の点について判断するまでもなく、被告東京都に対する予備的請求はその理由のないことが明らかである。

第三結論

以上の次第であるから、原告の被告公団に対する主たる請求はその理由がなく、予備的請求は、前判示の限度においてその理由があるが、予備的請求中のその余の部分及び被告東京都に対する主たる請求及び予備的請求はいずれもその理由がなく、失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言の申立てについてはこれを付するのが相当でないと認め、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

(藤田耕三)

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